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続編 第四章 相思相愛9

last update Last Updated: 2025-01-19 18:15:12

   *

引っ越しの日が近づいてきたある日。

パートを終えて夕食を作り終えると物を整理する。

そんなにはたくさんここに住む時に持ってきてないけど、意外と細々としたものが多い。

整理をしているとチャイムが鳴った。

インターホンを覗くと寧々さんが立っていた。

最近は忙しかったようで顔を見せてくれる機会が減っていた。

久しぶりに会うことができて嬉しい。

玄関のドアを開けると寧々さんが大きな紙袋を差し出してきた。

「久しぶり」

「お久しぶりです」

「そろそろ引っ越ししちゃうんでしょ? これ、差し入れ。ケーキよ。食べて。引っ越ししたら引っ越し祝い持ってまた遊びに行くから」

「ありがとうございます」

今月は誕生日だったのでケーキを食べたばかりだったけれど、二回も食べられるなんてラッキーだ。ありがたくいただくことにしよう。

「で、ついでに夜ご飯ご馳走してよ」

「あ、どうぞ」

遠慮しないでズカズカ入ってくるところが寧々さんらしい。

はじめはびっくりしたけど、今は、可愛いなぁーなんて思ってしまう。

食卓テーブルについた寧々さんに夕食を出した。

今日は、ピラフとロールキャベツ。蒸鶏のサラダだった。

私は目の前に座って少しだけ摘んでいる。大くんが帰って来たら二人で食べようと思って。

「料理の腕、上げたじゃん」

「ありがとうございます」

「偉いよねー。ほんとに。見習わないとなぁー」

ニコッと笑った寧々さん。

「実はさ、彼氏できたの」

「おめでとうございます!」

「イケメンIT社長でね、年収は億いってるらしい。でもお金には構ってないからそこに魅力を感じて付き合ったわけじゃないんだけどね」

さすが、寧々さんの選ぶ男性は飛び抜けている……。

満足そうに頷いた寧々さんは、穏やかな顔つきになった。

「すごい苦労人でね。とにかく優しい人なの」

「そうなんですね」

「私、彼と出会えてよかったと思ってる。人に対する思いやりとか、教えてもらえた気がして。今度、紹介するね」

「はい。ぜひ」

寧々さんに春が訪れて本当によかった。私まで幸せな気持ちになった。

他愛のない話をしていると大くんが戻ってきた。一緒に食事をして楽しい時間を過ごしたのだった。

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